瀬戸際だっしゅ    
がけっぷちでもチキンラン
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減量対決 ついに終了

同僚との減量バトルがついに終了しました。

結果から言いますと、私の敗北であります。
悔しいのは悔しいのですが、しかしこれで負けるのならば仕方がないと思える勝負でした。
笑って完全敗北を宣言出来るほどの清々しさです。

もとより痩せることが目的であったので、勝負とはいえども試合のようなビシッとしたものではありません。
だから笑って負けを宣言できます。

しかし元々の『痩せる』という目的は完全に見失っていましたが……

というのも、途中からダイエットではなく、完全にボクサーのような『減量』になっていたからです。

私の計量時の体重は、勝負はじめから比べてマイナス12.5kg
体脂肪を減らすのではなく、勝負に勝つため水分をしぼりとった結果です。

その証拠に、翌々日にはプラス8kgという恐ろしいリバウンド(正確には、実際痩せたわけではないのでもとに戻っただけですが)を体験しました。

本末転倒この上なし!
今度はきちんとしたダイエットをしていきたいと思います……。
2010/02/01(月) 23:32:24| 未分類| トラックバック:0 コメント:0
なにを勉強すればよいのか

学校を卒業し、仕事に就き、学生における勉学からは自由の身になった。

しかし今度は職業人としての勉強が待っている。
これは最早義務である。
ここで述べるまでもない、当たり前のことである。
だからここではそのことについて省きたい。

生涯勉強を掲げ、自らにくだす課題。

海外で華麗なトークを展開させるためにも英語を学ぼうか、
それとも音楽の力で国境を超えるため、なにやら楽器に手をつけてみようか、
いやいや腕力をもった統治(恐怖)政治のために武術でも極めるか?
まてよ、世界を切り取る技術としてカメラをいじくりたおすのも悪くない。

さんざん迷った挙句、昔から心に引っかかっていたあることを学ぶことにした。

それは『マネー』についてだ。

取り敢えずはこの項目を僕の最優先勉強事項にあげたいと思う。
何故ならば、お金持ちになりたいからだ。
ごくごくありふれた自然な欲求であると思う!

まあお金について学べば、それがイコールでお金持ちに直結するわけではないのだけれど、なにもしないよりは遥かにましだろう。

成人したらこれをすると決めていたのに、いつのまにやらすっかりと先送りにしていた云わば僕の夏休みの宿題といったところです。

これがまた奥が深い。
むずかちい。
けれど、思ったよりも面白い。

自分の知らなかった世界が開けた感じがする。
難しそうだと、かたくなに拒否をしていたら気づかないままで終わっていた世界だっただろう。
やっぱり何事も動かないといけないね。

行動あれかし、されば結果もついてこん!

 
2010/01/22(金) 19:41:23| 日記| トラックバック:0 コメント:0
生涯勉強
僕は勉強というものが嫌いだった。

適当にやりすぎせるのならば、適当にやり過ごす。
学生時代はそのスタンスを貫き通した。

何故かというと、今ではもうはっきりとは思い出せないがやはり興味がなかったからだろう。
これを覚えたところでなんになる?
……とまではさすがに考えていたなかったような気もするが、実際のところは似たようなものだと思う。

僕のことだから、もっとひらたく言えばただ純粋に面倒だったのだろう。
思い返せば、本当に極度の面倒くさがり屋だった。

そしてとてつもなく飽き性だった。

だからこそ、興味の持っていないモノに打ち込むことが出来なかった。
持っているものでさえ、よく飽きた。

時間とはナニモノにも代え難い資産である。
つぎこむべきものにつぎ込んでこそ、価値がある。

しかしだからといって、学生時代、勉強をする代わりに時間という資産を投資するだけの価値あるものが自分にあっただろうか?

いいや、ない、ない、どこを見回したってありはしない。
僕は貴重な時間という資産をムダに食いつぶしていた穀潰しだったのだ。

そして今、そのことについて後悔しそうになっているところで、これを書いている。
正直なところ「やっちまったなあ」と思っている。
だけど、ここで後悔していては今までと同じである。

僕は確かにムダな時間を多く過ごしたが、しかしそれを今後ムダにしなければそれは無駄には成り得ない。

時間は資産である。
時間を無駄にしていたことは負債であるが、そのことに気付いたことは収益なのだ。

投資の結果、僕は収益をあげることに成功したのである。

人は考え方次第で幸せになれるかどうかが大きく左右される。
このスタンスだけは昔から変わらない。
だからポジティブなのは良いことなのだ。

しかしそれが本当に良いことなのかどうかは自分の頭で考えなければいけない。
人が言うからそうなのだではダメなのだ。

自分の頭を使って、自分の頭で答えを出す。
それが万人と違うものであっても、自分で考えるというところが大切なのだ。

たとえ間違っていようが、成長というものはそうやってしていくものだと思う。

そんなことを考えた今日このごろ。
そんな僕に一つの格言を贈りたい。
今後の戒めとして、しっかりと胸に秘めておくように。

継続は、力なり。
2010/01/20(水) 19:16:36| 日記| トラックバック:0 コメント:0
肯定と否定

最近、否定型の人間がよく目につく。

否定型とは僕の作った造語である。
探せばもっとナイスな単語があるのだろうが、分かりやすく直接的にここは『否定型』ということにしておく。

この人間の特徴は自分のルールから外れた対象物はすぐ否定することにある。

それは自然でとても道理なことかもしれない。
なにしろ自分のルールから外れているのだから、気にくわない。
つまり極端な言い方をすれば嫌いなのだ。

だけど嫌いだからといってすぐに否定してしまうのは、少しばかり勿体無いと思わないのだろうか。
嫌いなものを好きになれと言うわけではない。
ただもう少し、理解をすればいいのに、と思うのだ。
そうすればきっと違った答えも見えてくる。

捕鯨と聞けば顔を真っ赤にして怒るアメリカ人。
捕鯨と聞いて顔を真っ赤にして怒るアメリカ人に大してぷりぷりと憤る日本人。

この二種類の人間のうち、たいていは同じ種類の人間だ。
つまり否定型の人間。

このような人間は無意識のうちに周囲の流れに流されていつの間にか嫌いではなかったものを嫌いになっている。

ドラマ、漫画、映画、そういったものの影響は良い方面にのみ起こるわけではない。
群集心理というものは恐ろしい。
嫌悪の渦中に巻き込まれ、本人の意識とは裏腹に、無意識化に嫌悪のに文字が刷り込まれる。

一度すりこまれた意識は簡単には塗り替えられない。
だから肝心なのは、常に自分の目で景色を見つめることだと思う。

刷り込まれないようにするのだ。

そして頭を使う。
僕たち人間の持つ最大の資産はこの『頭脳』である。
こいつをきちんと有効活用すれば、きっと数々の道が見えてくる。

ちなみに僕はどちらかといえば、これまで殆ど使っていない側の人間だった。
より正確に言えば、積極的に使っていない人間だった。

ほんの少々の積極性が人生を変える。
否定型の人間はむざむざとそのチャンスを潰してしまうことになりかねない。

僕が提唱するのは『肯定してから否定する』だ。
理解を深め、その後の否定であるのならば、きちんと己の頭を使っての否定になる。

何も考えていない『否定』とはまるで錬度が違う。
フィーリングだけでは生きてはいけないのだ。

いや、生きてはいけるかもしれない。
しかしそれは実りの多い人生だろうか。

そこは少しばかり考えどころというやつだ。
ここで考えられる人間か、そうでない人間かが今後の人生を左右する。

僕は僕の人生を、自分の力で左右していける人間になりたい。
だからそのために努力を積んでいこうかと思う。

何事も継続は力なり。
2010/01/16(土) 22:11:49| 日記| トラックバック:0 コメント:0
過酷な減量

1月1日より、同僚と減量バトルが開催された。

互いにお菓子をちらつかせあう、血も涙もないバトルである。

そもそも健康目的、体型バランスを整えることを目的としたダイエットのはずなのに、勝負に負けないよう体を壊しかねないダイエットをしているような気がしてならない。

まさに本末転倒もいいところ!

とはいえ、僕の方は夕飯のみ食事抜きということ以外、間食を減らしたぐらいしか減量対策はしていないのですけどね。
常に減量を意識できるほどこらえ性はありません。
どうしてもお菓子に手が伸びます。

そんなわけで、やはり運動で痩せるべきなんでしょうが……いやはややっぱり寒いですからね。
冬の最終兵器コタツからは中々抜け出せません。

しなくちゃいけないと思いつつ、しないというのはこれいかに。

新年早々こんな体たらくでは先が思いやられるというものです。
一度決めたことですし、きっちりやらねばいかんですね。

負けたら恐ろしい罰ゲームが待っていることですし!
2010/01/14(木) 23:28:28| 日記| トラックバック:0 コメント:0
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